天体工場は札幌というローカルな場所にあったために、実際に目にした人は少ないかと思います。少し天体工場の説明をしましょう。天体工場は札幌ファクトリーができた当初、イメージシンボルとして造られたものです。札幌ビール工場の跡地・レンガ造りの古い建物を利用したファクトリーが目指したファンタジックな要素を詰め込んだ夢の世界と呼んでもよいでしょう。工場長という人物がいて、その人にまつわる記憶や天体観測器具などのオブジェ、さらに星造工房という架空の工房が見どころだったように思います。天体工場がいつなくなったのかははっきりとわからないのですが、最初有料だったのがお客の入りが少なくて無料に、そして結局閉鎖という過程をたどったとも聞いています。ファクトリーそのものも移り変わりが激しく、内部のお店もかなり変化しています。開店当時から残っているものの方が少ないかもしれません。天体工場もまたその変化に逆らえなかったのでしょう。また聞くところによると、天体工場が計画された当初はバブルの絶頂期で、こうした遊びにかけるお金も充分にあった、そして実際かなりの金額が割り当てられた、と。しかしご存知の通りバブルははじけ、天体工場を維持していくのが難しくなったのかもしれません。

私自身は天体工場へ2回しか行ったことがありません。しかもそれは遠い昔のことで記憶は薄れるばかり、はっきり言えば「天体工場があった」ということぐらいしか覚えていないくらい記憶は曖昧です。ですがそこで受けた衝撃はものすごく大きくて、今でも引きずっています。当時高校に入ったばかりだった私はちょうど初期の長野まゆみの小説を読み出した頃で、そこから派生して足穂などにも手を出すようになっていました。特に足穂の「星を売る店」のような天体観と言いますか星観が好きで、星が金平糖のようだったり醸成できたら・・と夢想するような子供でした。元々理系でガリレオやニュートン、ホーキングの宇宙論に興味を持っていたのですが、こうした宇宙観と金平糖の星は矛盾することなく私の中に同居していました。ともかく、自分が漠然と見たいと思っていた世界観が天体工場にあったので、すっかり夢中になってしまいました。

しかしその天体工場もいつの間にか閉鎖されてしまい、いつまでもあの場所があると思っていた私は呆然としてしまいました。迂闊なことに、私はその空間の素晴らしさに気を取られていて、内容を記録していなかったのです。いえ、なくなると思っていなかったから、記録もしていなかったのです。天体工場ではポストカードなども販売されていて、それも今度買おうなどと思っているうちになくなってしまったのですから、悔やんでも悔やみきれません。忘れられぬ記憶を抱えたまま、それから何年も過ぎていきました。

初めてパソコンを見た時、青く光るモニタがまるで深海、もしくは宇宙のようだと思いました。そのうち自分でもインターネットを利用するようになり、そして気づくとHPを立ち上げていました。当時はHTMLを書くので精一杯でしたが、この青い画面に星を映し出せたらきれいだろうと漠然と考えていました。このサイトはたびたび改装していますが、日記の部分は初期の頃から変わっていません。当時は画像処理ソフトは一切使えなかったので、タグだけでなんとかきれいに見せれないかと試行錯誤していました。タイトルにもなっている「流星密造工房」はまさに天体工場からイメージした言葉ですし、目に見えない部分でも、というよりサイト全体が天体工場の影響を受けています。

天体工場は自分の思い出の中にひっそりしまってあって、日記などでたまに懐かしんでいたのですが、そのうちに「天体工場を検索して辿りつきました」「すごく好きな場所でした」等々のメールをぽつぽついただくようになりました。「ああ、私以外にも忘れられない人たちがいるのだ」と知ってうれしくなったのと同時に、なんとか天体工場の情報を集められないだとうかと思ってこのコーナーの原型を立ち上げました。そこでは情報も募集していたのですが、情報については著作権のことなども絡みちょっと難しいので、今回のリニューアルではひとまず天体工場をイメージ源にしたオリジナル創作のコーナーとして方向性を固めました。将来的には天体工場の情報を集めて公開できればいいなあ、などと考えています。

以前よりはPhotoshopにも慣れ、自分で画像も作れるようになりました。ですが天体工場の素晴らしさはこんなものではなかったし、それに今の画像も自分でイメージしているものには遥かに及びません。いろいろ未熟ではありますが、ずっと温めてきたコンテンツですので、大事に育てていきたいなと思っています。この文章と、そしてコンテンツ全体が天体工場へ捧げるオマージュです。この青色電脳空間の中、生まれては消えていく星の姿を楽しんでいただけましたら幸いです。永遠に変わらぬ夜の時間、星たちが瞬く秘密工房が、遠い誰かの心の中に棲みついてくれますように。

2003.10.23 由里葉