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★12月1日★ ★日本カメラ博物館へ行く。ガラスケースの中にずらりと並んだカメラたち。名機や珍品をはじめ多種多様なカメラがたくさん展示されていて、カメラ好きならきっと楽しめる場所。日本カメラ博物館の後は銀座へ。いただいた名刺には、アンモナイトのマークが。そんな夜でした。 ★12月3日★ ★今日はお買物デー。まずは上野のヨドバシへ。誕生日&クリスマスプレゼントとして、デジカメを買ってもらいました。デジカメの詳細はまた後日。新しいデジカメ、とてもうれしいです。来年こそはバシバシ写真を撮るの。本当は誕生日プレゼントをアンティークドールかぬいぐるみにしようかと思っていたのだけど、そうした「物」を撮るための機械の方が先かなあと思って、結局デジカメにしました。新しいデジカメを手にすると、メカ好きの血が騒ぎます。頑張って使いこなせるようにしようっと。 その後は歩いて千駄木方面へ。久しぶりに古今東西雑貨店Iriasへ立ち寄り、開催中のVervettinoさんの展示を見る。バッグや帽子そしてファーなどが置いてあり、私はファーティペットを購入。抹茶色で毛がふかふかしていて、そしてバックル部分がとても凝っていて素敵。差し色になってくれるので、とても使えます。コサージュやマフラーそしてファー系の小物は大好きです。ジャケットと組み合わせるのが楽しい。私ははっきり言って服より小物の方が好きなので、小物探しにはかなり燃えます。服を買うお店はほとんど決まっているけれど、小物はあちこちで買いますね。探すのが面白いです。 最後は往来堂書店へ。竹内洋『丸山眞男の時代 大学・知識人・ジャーナリズム』(中公新書)、島泰三『安田講堂1968-1969』(中公新書)、W.デ・ラ・メア『妖精詩集』(ちくま文庫)、レイ・ブラッドベリ『塵よりよみがえり』(河出文庫)、そして最新号の装苑を購入。本についてもまた後日詳細を記していきます。久しぶりに一山本を買いました。最近すっかり枯れていて、ちっとも本読みではなくなっていたので…。これではダメですね。でもずっしり本を買うと、とてもうれしくなります。私はやっぱり、まだ本が好きみたい。一週間頑張った自分へのご褒美に、少し散財してみました。 ★12月4日★ ★BUMP OF CHICKENのチケの一般発売日。休日は疲労のあまり昼まで寝ている私が頑張って起きてチケ取りに参戦しましたが、あえなく敗退。ははは、バンプが一般で取れるわけないよなあ…。しょぼん。結果的に29日のチケットのみが手元にあることに。さてさて、一体どうしましょうか。プラ関係だったらチケの交換を頼めそうだけど、バンプは無理ですねえ。ここは諦めて昭乃さんを捨ててバンプを観に行くべきなのか、多少の出費は覚悟で28日のチケを探すべきなのか。悩んでます。 ★相変わらずバタバタしています。デジカメを購入したものの、今箱を開けたらデジカメ片手に東京湾まで走って行きそうな勢いなので、我慢して我慢していまだに封印中です。そういうわけでデジカメのテスト撮影はもう少し先にになりそうです。早くデジカメ遊びをしたいのに!ちなみに購入した機種だけばらせば、ソニーのCyber-Shot T9です。 室内など暗い場所での撮影が多いのでそういう場所でもブレずに撮影できること、あとは接写に強い機種を、そしてコンパクトなものという条件で探しに行った結果これになりました。「手ブレ補正×高感度」で暗所に強く、1センチまで接写ができます。あとは内蔵メモリが58MBあるのもうれしいです。ネット内での評判もまあまあいいようですね。というわけで、私の新たなデジカメはT9です。たぶん来年はNEW ATLANTISの更新が今より頻繁になるかと思います(笑)。私って単純。 ★12月6日★ ★レイ・ブラッドベリ『塵よりよみがえり』(河出文庫)を読了。正直に言えば、そんなには期待していなかった。というより、だいたいいつものブラッドベリなんだろうなーという気持ちでこの本を読み始めた。確かに、間違いなくいつものブラッドベリだった。だけど、だけど……これはなんて素晴らしい本なのだろう。めくるめくイメージ、溢れるような感覚、なんて鮮烈。ベースとなっている短篇「集会」が発表されてから50年以上の歳月をかけて完成された物語。構成も、短篇を繋ぎ合わせてというブラッドベリが最も得意とする手法が用いられている。80歳を超えたブラッドベリがかくまで瑞々しい本を出したことには唸らざるを得ない。また解説の恩田陸の言葉には全く同感である。ブラッドベリは変わらない。そのことに、どこか泣きたいような気持ちになる。『塵よりよみがえり』はブラッドベリの本の中でも、指折り好きな一冊となった。 ★テナーの来年のライヴに申し込むために「ぴあ」を購入したので、ついでに他の部分もパラパラめくってみた。そして、来年シガー・ロスが来日することを知った。MEW、Mumに続きSigur Rosも来日ですか。一体この北欧系バンドの来日ラッシュは何なのでしょう。公演は来年の4月4日、5日にSHIBUYA-AX。二日間は無理だけど、どちらかは行こうと思っている。平日だけど、まだ授業の始まる前だし、たぶん大丈夫だろう。あ、そういえば鳥肌実は結局行けないことになりました。おもいっきり授業とバッティング。この授業、隔週のくせに人がスケジュールを入れている時ばかりに当たるので結構腹立たしいです(笑)。Mumに行けなかったのもこれのせいでした。 あと、パパ・タラフマラがガルシア=マルケスの『百年の孤独』を舞台化しているのも初めて知りました。実際に観に行くとピンとこない部分もあったりするけど、パパ・タラフマラはブルーノ・シュルツの『ストリート・オブ・クロコダイル』なんかも舞台化していたり(これは観に行った、谷中のSCAI THE BATHHOUSEで上演された方だけど)、かなり私好みのセレクトをしてくれるので気になる存在の一つです。『百年の孤独』はぜひぜひ観たいのだけど、スケジュール的には無理…だろうなあ。もうちょっと早く公演の情報を知っていたらな、どうにか調節できたかもしれないけど。最近はずっとライヴ中心の生活で、なかなか演劇に出かけることができない。私の好きな「水と油」や「劇団青い鳥」からも公演案内が来ているのに…。ライヴも演劇もほどほどにセーブして、両方出かけることができればいいのに。でも私は猛烈激情突進型だから。とてもそんな、器用なことはできない。 ★12月7日★ ★26歳になりました。何か歌を聴こう…と思って無意識にかけてしまったのが、Plastic Treeの「サーカス」。これは祝いというよりは、ほとんど呪いの曲だ。もちろん、自分にとって呪いの曲ということ。「静かすぎて理科室みたい」。竜太朗が、そう細い声で歌う。私はいつだって、この世界から自分を連れ出してくれるものを待ち続けているのだ。でもきっと何も訪れない。今すぐ死んでも構わないとずっと思い続けているけど、間違いなく図太く長生きすることだろう。それはある意味絶望的。「寒くない冬が来れば僕の町にサーカスが来る 花が好きな象の唄も火が怖くて死にたがるライオンも 奇形のロバも影絵の子供も背が高い司会者と来る」。なぜ毎日、こうも絶望的な気持ちになるのだろう。私は、日々適当にやり過ごしてそれなりに元気なのだけれど。普通に社会に適応しているけれど。それでもなぜ、根本的に病んでいるのだろう。こんなにも心が闇で覆われているのだろう。 もうすぐプラの新曲「空中ブランコ」の発売日。楽しみのような、不安のような。最近のプラの楽曲は私の好みの必要条件は満たしているけれど十分条件には欠けているというか、聴いていてどこか物足りない。決定的な何かが不足している。だから普通に好きではあるけれど、それ以上の想いはあまり抱けないのだ。 ★12月8日★ ★いろいろごちゃごちゃ日記を書いたのですが、全部デリートしました。まあ一言で要約すると「死にたい」みたいな、そんな内容でした(笑)。疲れているとネガティブなことしか書けないなあ。一部には心配してくれている人たちがいるのはわかっているのだけれど、私はもう本当にやる気も気力もなくて、明日はどうやって嘘をついて生きていこうみたいな毎日毎日綱渡り状態に疲れています。このままじゃダメなのはとっくの昔からわかっていたことなんですけどね。でもいまだにこの悪循環の中から抜け出せない。毎日が暗黒すぎて、頭がおかしくなりそう。しかもそれ、全部自分が悪いんだわ。この事実には参る…。 昨日の日記であんなことを書いておいてなんですが、「空中ブランコ」のサビを聴いて、たぶんものすごく好きなタイプの曲だろうという確信を掴みました。こういう曲をまた作ってくれたことが、素直にうれしいです。猛烈に堕ちている時に聴いたのだけど、瞬時に風景が浮かび上がって、永久運動のように往復を繰り返す、決して交わらない二つの空中ブランコの姿が見えました。手が届かないものを、どうして望んでしまうのだろう。悲しくて淋しくて、でも「空中ブランコ」を聴いてこのままじゃダメだなあと思ってぐちゃぐちゃ書いていた日記を全部消しました。いや、その後またぐちゃぐちゃ書いているけどさ…。これでも前よりはマシなんですよ。これからしばらく、このメロディーが頭の中にぶらさがっているでしょう。 もう何も望んでいないから、せめて明日一日は、どうにかやり過ごせますように。夜ごとに思うこの願いは果てしなく空しくて、自己嫌悪に陥る。でもこうやってここで歪みを吐き出しているうちは大丈夫。明日もきっと元気。 ★12月9日★ ★ありゃ、昨日は相当堕ちていたようですね…。木曜日はスケジュールが一番きつくて終わる頃には屍になっているから、毎度毎度こんなことを書いてしまうのでしょう。相変わらず進歩がないです。 22日の黒百合姉妹のライヴに行こうかなと思っていたけど、飲み会の予定が入ったのでそちらを優先することに。ライヴはほどほどに。と言いつつ来年の2月に京都旅行をするついでに大阪まで足を伸ばしてプラの出演するイベントに参加する予定ですけど。うわあ、ついに遠征ですよ。これでますますアイタタバンギャ度がアップ…。あとそろそろデジカメライフをはじめるつもりです。最近はいつも鞄にデジカメを忍ばせているのすが、レンズで切り取ろうとするものに、その人の性格が表れますね。私は、全くと言っていいほど人間にカメラを向けません。何もない空っぽの空間に向かってシャッターを切るのが好きです。今のデジカメはマクロに強いので、それがうれしいです。被写体との親密感。閉ざされた視点。もっと奥へ、もっと深くへ。私は結局、外の世界を何一つ見ていないのです。 ★12月10日★ ★一日引きこもり。が、用事は全く片付かない。。こなす以上に、次々と増えていくから。といっても別に人と比べて多忙というわけではなくて、単に自分の処理能力が低いだけ。さくさくこなせないタイプなのだ。 先日購入した『妖精詩集』を少し読み進める。訳は荒俣宏。そういえば以前購入した『アンデルセン童話集』も荒俣訳だった。昔、荒俣宏特集の太陽(荒俣宏の想像力博物館)を購入した時は自分の中で博物学大ブームで、これを見て「へぇアラマタって昔は幻想文学の翻訳をやっていたんだ」と思ったぐらいなのだが、今ではむしろこの時代の仕事の本を手に取ることが多い。別に博物学に対する興味が薄れたわけではないのだけど…。他のことの方が優先されて、こちらまでは手が回っていないのが現状かも。 ★12月12日★ ★いい加減いろんなものがしんどくなってきたので、少し日記をお休みしようかなと思ったり。でも例え愚痴であっても書き散らして発散していた方が精神衛生上いいのかなあ。悩みます。11日は戸田勝久展「書物の旅」へ出かけてきました。詳細は数日中にアップします。黄昏書局の本を手に取ることができて、とてもうれしかったです。 蔵書ダンボールをひっぱり出してきて、文庫本を100冊ほど発掘しました。再読したかったのよ〜という本ばかり。一ヶ月くらい自分の部屋に籠って、昔読んだ本を片っ端から読み直したら楽しいだろうな。しかし発掘したのはいいもののどうやっても今の本棚に入れることはできないので、年明けにでも本棚を一つ買い足そうと思っています。少しでも本にアクセスしやすい環境を作らないと。あとは手持ちの服も着なくなったものを売ったり、処分したり。そろそろ大掃除の時期ですね。 ★12月13日★ ★うーん、相変わらず不調です。「今は冬眠期間中ですか?」というくらいひたすら眠り続けています。今日も授業に一つだけ出て、後は家でもうずーっと睡眠睡眠。スケジュールが、スケジュールが…。今までの疲れがどっと出てきているのかもしれません。思えば前期の6月もボロボロでした。ジェーンからも入荷連絡が来ているのに、出かける暇も気力もなくそのまま放置状態に。来週の早い段階でお店に行かなきゃ。入荷したのはチュールに王冠ケーキを刺繍したスカートです。最近チュールスカートがマイブーム。冬真っただ中なのに…。別珍は着る時期が限られてしまうけど、チュールは基本的に季節を問わずに着ることができるから便利かもと最近実感しています。まあ別珍も大好きですけど。このスカートで冬物の引き取りは終了です。次はセール…かな。でもセールに行ったら旅行に行けなくなっちゃうから、自粛するべきなのでしょう。 最近は英文和訳の勉強をぽつぽつしています。授業の課題すらまともに読解できない私の英語力は一体…。英文和訳はばっちりな同居人に「ああこれだからフィーリングだけで英語話している人は…。何も判らないくせに感覚だけでセンター試験解いて満点取ってたよね。」と文句を言われつつ、指導してもらってます。英文の構造が少し理解できたら、私も英文が読めるようになるはず。頑張ろう。 ★12月15日★ ★本屋をぶらぶらしていて、ある本の前で立ち止まってしまった。なんと平凡社ライブラリーから、『シュルツ全小説』が出ていた。ブルーノ・シュルツは大好きな作家。だけど作品集が高くて(一冊2万とか)、なかなか買えずに図書館でちびちび読み進めては…ということを繰り返していた。こうして手軽な価格で購入できる日を、どんなにか待ち望んでいたことか。すぐさま購入してしまった。シュルツの作品はまだ少ししか読んでいないので、これから思う存分読めるのが本当に楽しみ。大好きな「肉桂色の店」「大鰐通り」「砂時計サナトリウム」「マネキン人形論」が繰り返し読める。他の素晴らしい作品との出会いもあるだろう。これから、楽しい時間が待っている。 こうして見ると、私は本当に幼年期の原体験をモチーフにしている小説家が好きなのだなあと思う。シュルツしかり、ベンヤミンしかり(この人は小説家ではないが)、あとはブラッドベリもどちらかというとこのタイプだろう。稲垣足穂、そして少し違うかもしれないがスティーブン・ミフハウザーも同じモチーフを変幻させながら、繰り返し語っている作家だ。私はなぜかくも、こうした人たちに魅せられるのか。それはきっと、私にも核となる原風景があるからに違いない。私も繰り返し繰り返し、おとぎ話を語るように自分の忘れられない原風景(それはきっとフィクションで脚色されている部分もある)をモチーフにしている。記憶の囚われ人。そこは開かれた迷宮。永遠に、ここから抜け出せなくてもいい。無限に変幻して、手の中から、たくさんの言葉がこぼ落ちていく。そのカケラから、次の記憶が生まれていく。すべて螺旋状に繋がって、そして、内側を向いている。外の世界は、きっと存在しないのだ。 |
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